2012年01月06日

朝の定期便 2012-01-06(金)

 
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>今朝の最低気温マイナス2.8度(05:54;さいたま市観測点)、晴れ。

>おはようございます。早朝には雲が多かったのですが、昼が近づくにつれて快晴となってきています。

>07時44分には二十四節気の “小寒”(しょうかん:太陽黄経285度)。七十二候では “芹乃栄”(せり すなわち さかう)。

>地球は、公転軌道上を毎日およそ1度移動します。地球の1自転は約23時間56分で、それは恒星が翌日、同じ位置(子午線通過)に戻ってくるまでの時間を測れば確かめることができます。

>しかし太陽に対する地球の相対位置は1度だけ移動しているので、さらに4分自転しないと子午線を通過しません。これが24時間です。そして、地球は24時間で自転しているという誤解を生みやすくなっています。

>さて、一日を分単位で表すと1440分です。4分を365倍すると1460分。ほぼ一日になります。これが1公転あたり366自転しているのに365日である理由です。

>厳密には地球の1自転(恒星日)は23時間56分04秒09053平均太陽時間ですから、4秒を365倍すると約24分。だから概算でも1464分となってほぼ一致します。この誤差分については、後述します。

>地球が365自転した時、1公転には約6時間足りません。それで4年に一度の閏年を設けて季節がずれないように調節します。

>このルールで作られた暦が「ユリウス暦」です。しかし、地球の自転と公転の倍数が一致しているわけではなく(1太陽年との誤差は1年に11分15秒生じる)、長い間には地球の春分点通過がずれてきていることが観測されるようになりました。

>そこで、閏年を厳密に配置しなおしたのが「グレゴリオ暦」です。新しいルールは「西暦の年数が100で割り切れて、かつ400で割り切れない年は閏年としない」というものです。

>グレゴリオ暦は時のローマ教皇グレゴリウス13世の指示によって作成され、その導入は1582年でした。

>1582年は10月4日の翌日が10月15日となり、歴史上1582年10月5日から14日までは存在しません。もし、1582年10月7日というような日付が出てきたら、それはユリウス暦を採用し続けた、たとえばロシアのような国の記録であることが推測できます(または無知な作家による歴史小説かも)。

>さて、1582年は日本史では「本能寺の変」があった年なので覚えやすいと思います(いちごパンツ:1582)。今から430年も前に天体の運行を正確に観測して暦を作っていたことを考えると、現代人が果たして賢くなったのかどうか怪しい気持ちになります。

>次の話は決して自慢話ではありませんから、素直にお読みください。

>小学生の時、天体観測(ほとんど観望ですが)にのめり込んでいました。ですから、天文書を読んで前述した太陽系の惑星の運行と暦の関係をすでに理解していました(きちんと教えれば小学生にも理解できるレベルの内容です)。

>小学校では日時計について学びました。科学館のようなところに行くと日時計があって、その影の移動を追うことができるくらい大きなものでした。その周年変化を追うと、地球の公転軌道が真円ではないことが分かります。それは時計の正午(平均太陽時)と実際の太陽の動き(視太陽時)がずれるからです。

>中学に入れば、理科で太陽系の運行や暦について習うだろうと思っていましたが、四季が生じる理由程度のことで終わってしまいました(こんなに大切なことを学ばないことは、私にとって大きな驚きでした)。

>高校の地学では先生が地質専門の方だったので「天文分野には一切触れず」(いま考えると学習指導要領に違反しています)、ひょっとすると暦と時間の実際の姿を知らずに暮らしている人が数多く存在するのではないかと推測できます。

>中学生になって相対論に興味を持っていからは、重力(イコール加速度)の影響で、同時という概念がないことなどを知り、その神秘に打たれました。

>原子時計の発明によって、地球の自転のゆらぎが明らかになり、世界時には閏秒が導入されるようになりました。もし、正確な時を採用すると、いずれは正午が夕闇につつまれてしまうかも知れないからです。

>高速で移動する惑星探査機内では相対論的高価によって時間の遅れが生じるために、地球から指令を出す時には、そのために修正された特別な時間を使います。

>天文学では年月日という概念を用いません。宇宙では地球が夏なのか冬なのか、あるいは昼なのか夜なのか関係ないからです。

>それはユリウス日(あるいはユリウス通日)と言い、紀元前4713年1月1日正午からの日数をカウントしていくものです。時間や秒の概念も用いず、小数点以下で表します。これなら時間経過やあるいは時間の計算を全て十進法で行なうことができるからです。

>ただし、桁数が多くなってしまったので、現在では修正ユリウス日が使われます。ちなみに2012年1月0日の修正ユリウス日は55906です。0日としたのは、今日のように6日なら6を加算すれば済むからです。だから今日は55912日ということになります(修正ユリウス日の起点は正午ではなく、午前0時になっています)。

>長くなってしまいました。400年前の人たちに負けないように、ぜひ暦について知ってください。

>昨日放送された「人はなぜ老いるのか」は、福岡伸一さんが常日頃から述べておられるルドルフ・シェーンハイマーの「動的平衡」から見た生命について考える番組でした。非常に興味深い番組だったので、昨夜1回視聴しただけでは足りず、朝食後に再視聴しました。

>ひょっとしたら、作曲工房日記はその話題になるかも知れません。

>気象庁地震情報

昨夜から東北地方を中心に有感地震が続いています。ぜひ下のリンクをご覧になってください。

各地の震度に関する情報

>気象情報

実況天気図

地域時系列予報(埼玉県)

気象衛星 赤外日本域画像

気象衛星 可視光全球画像

>昨日の最高・日最高気温は沖縄県 南大東観測点の19.9度(13:09)、最低・日最低気温は北海道 十勝地方 大樹(たいき)観測点のマイナス22.0度(01:13)、最低・日最高気温は福島県 鷲倉観測点のマイナス8.0度(12:48)、最高・日最低気温は東京都 父島観測点の16.0度(19.02:)でした。

>観測史上1位の値 更新状況

昨日1月5日

>今日のFM番組から

・午後2時00分 気ままにクラシック(再)

番組詳細

・午後7時30分 ベストオブクラシック

番組詳細

>1月6日の過去のできごと

1803年 悪名高きピアノ練習器具「ダクティリオン」を開発したフランスのピアニストで作曲家のアンリ・エルツ誕生。ダクティリオンについては岡田暁生著「ピアニストになりたい」に写真入りで解説されています。ちなみにウラノメトリアはアンリ・エルツやカルクブレンナー、タウジッヒらとは対極のスタンスにあります。
1822年 トロイア遺跡の発見で知られるドイツの実業家で考古学者のハインリッヒ・シュリーマン誕生。
1838年 ヴォーン=ウィリアムズの師でもあったドイツの作曲家、マックス・ブルッフ誕生。
1856年 オペラ全盛のイタリアにあって器楽曲復興に努めた作曲家、ジュゼッペ・マルトゥッチ誕生。
1858年 色彩を色相・明度・彩度の三属性によって定量的に表すマンセル色体系(マンセル・カラー・システム)を考案したアメリカの画家、アルバート・マンセル誕生。これは画期的な出来事で、印刷時の色指定やPCソフト上でのカラー選択など多く応用されています。日本工業規格では「JIS Z 8721」で規格化されています。
1872年 ロシアの作曲家、アレクサンドル・スクリャービン誕生。音と色の共感覚を持っていたと考えられており、光オルガンを考案。
1881年 ベルギーのヴァイオリニスト・作曲家のアンリ・ヴュータン没。
1884年 遺伝学の祖、グレゴール・ヨハン・メンデル没。
1891年 フランスの作曲家、レオ・ドリーヴ没。
1924年 イベールの「寄港地」初演。いま聴くと新鮮さがないようなきがするかも知れませんが、それは後に続く作曲家たちが、イベールを真似しつづけたからでしょう(ハリウッドの一部の作曲家たちは、いまだに常套手段として使っています)。それほど当時は衝撃的であったと推察しています。
1946年 ピンク・フロイド結成時の中心的メンバーであったシド・バレット誕生。薬物中毒と精神病に苦しみ、極めて短期間で脱退したが、後に続くロックミュージシャンに多大な影響を残す。
1959年 ピアニストの伊藤恵(いとう・けい)誕生。
1990年 チェレンコフ効果で知られるロシア(ソビエト時代)の物理学者、パーヴェル・チェレンコフ没。



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posted by tomlin at 13:38| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 定期便 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする